[雑文・よってたかっての正義感]
最近のネットは恐い。
昔のネットをそんなに知っているわけではないけれど、ここのところのネット社会の雰囲気は恐い。
いやもしかしたら、それがネットの本質かも知れないけれど・・。
子供料金でサッカー場に通っていた大学生
街中であかの他人を盗撮して、中傷した主婦
患者の悪口を書き散らした医師
盗作を指摘されたコミック作家・・・・・etc
皆、誰がしたともわからないネットの指摘からはじまり、
あっという間に本人やその所属する団体への(正当なものから誹謗中傷までの)メール攻勢、複数の掲示板における弾劾へと発展し、
ケースによってまちまちだけれども、最後には自分のブログの閉鎖から、個人情報の暴露、あるいは仕事を失うまで、さまざまの形で、いわば制裁が加えられて終わりとなる。
そういう一連の流れがセットになった個人叩きが、ここのところ本当によく目につくのである。
注目すべきは、問題になるのが不正の大小ではなくて、不正の有無であるということ。
当事者でないものが当事者に謝れということ。
抗議だけではなく、まとめサイトだの、検証だのに多数のものすごいエネルギーが、一気に投入され、ことが終われば忘れ去られるということ。
有り体にいってしまえば、これは勝てると思った勝負に、不特定多数の人間が、祭り感覚でよってたかって正義感を発揮する、ある種の私刑である。
別に指弾される側の行為を弁護はしない。
というより、対象が、皆がこれは反論の余地がなかろうと思う類のことだから、弁解の仕様のないことが多い。
にしても、この空気は危ういし、生理的に気持ち悪いではないか。
なにしろ彼等は悪いことをしたから責められるのだけれども、それ以上に悪いことを見つかったから責められているからだ。
さらにいうならば、対象者の社会的地位なり、立場みたいなものが、微妙に影響していることも透けて見える。
叩いても無駄なくらいの権力者や、団体は叩かない。
ただのおばさんなんかにも、それほどのエネルギーを向けない。
ちょっと高学歴だったり、いい仕事についている場合、あるいはネット上でちょっとした地位を築いたりしている個人が、一番盛り上がるみたいだ。
要はもやもやとした不満のはけ口なのだ。
水槽の水をこぼしてしまった同級生を、いーけないんだ、いけないんだとはやし立てている、小学生のノリだ。
殴られそうな乱暴者にはけっしてはやし立てないし、ちょっと美人の女の子には、泣くまでしつこくやる、あれと同じである。
いいたいことはたくさんあるけれど、とにかく私は嫌だ。
気持ち悪くて、陰湿で、吐き気がする。
そして、万が一これがある種の幻想なり、歴史観なりと結びついたらと思うと、この国の未来を心底憂いてしまう。
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