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2005/11/14

[雑文・三丁目の夕日]

今日は日本中で埼玉方面のみ休日なので、(県民の日ですね、まぁ学生くらいしか関係ないのだけれど)
妻と一緒に映画など観に行った。
驚いたことに県民の日割引というのがあって、1000円で入場とあいなった。いやぁちょっと幸せ。

で、観た映画というのが、「三丁目の夕日」というやつだ。
最近日本では、涙を流すために、泣ける映画を見るというのが流行っているらしくて、この映画もそのためには絶好の一本というのがもっぱらの噂だ。
じつは、そういう話を聞くと、いったい何がうれしくて、予定調和に加担せねばならんのだと、おじさんちょっと尖ってもみるのだが、
この作品は、「セカチュウ」みたいな難病ものほど(そういえば名作「愛と死を見つめて」もリメイクするらしいねぇ)あざとさもないらしいし、なにより「昭和33年を見事に再現した映像」というのに、心惹かれるものがあって、ここは素直に鑑賞してみることにした。

(ちょっとネタばれします)
さて、結果として、泣きましたよ、ええ泣きましたとも。
まぁ、きちんと押さえるべきところを押さえて、最初から最後まで、きっとこうなんだろうなぁ、っていう方向に話は進んでいくのだけれど、確かにそんなにあざとくはない。
ときどきお約束のほろっとする話が入って、条件反射みたいに感情をくすぐるのだけれど、嫌な気分にはならない。

思うにお伽話なんだよね。
昭和33年は、それはそれは見事に再現されていて、確かに一見の価値はあるのだけれど、作り込めば作り込むほど、テーマパークっぽい。
テーマパークだから、悪人は1人も出てこない。だれもかれもいいひとだ。(唯一の悪人らしき実業家も、結局息子を帰しているんだからね)。
そうそう、冷蔵庫が来て喜んでいる家族のシーンのあとに、さり気なく寂しそうな氷屋の親父のカットを入れるあたり、作り手のいい人ぶりも示していて、目配りがきいている。
だから、テーマパークのつもりで楽しめばとっても楽しいのだ。

だって映画の中のあの夢のような昭和33年から、ずっと時代が流れて今があるなんて、現実だったら、とても受け入れられないもの。

ちなみに私は昭和37年、映画よりもう少しあとの時代に生まれたけれど、確かに記憶の奥にある昔の日本はあんな感じだった。でも記憶は記憶であって、けっして現実ではないのだ。
ときどき映画の世界にひたっても、私たちは今日を生きていかなくてはならない。
そう思うと、ちょっとしんどいけどね。

そういえば、子供のころ見たオート三輪は、もっと大きかった、つまりは私が小さかったのだけれど・・・。

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コメント

あのねえ、オート三輪は大きいの小さいのと二種類あるんだよ。
うちにはデカいほうがあったったぞ。
しかし県民の日なんて、よく気づいたな。
おれは知らずに過ごしたので損した気がする。

投稿: ひこす | 2005/11/17 00:59

ほうほう、大小ありましたか。あれよくひっくり返るんだよね。
個人的にスバルのこがねむしが出てこなかったのが不満だったけど、33年は発売直後だったんだねぇ、今調べてしまいました。

投稿: タグチ | 2005/11/17 07:57

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